不合理の合理性

35歳ぐらいより上の人は知っている人も多いと思うが、昔、受験数学の神様と言われた人がいた。渡辺次男(通称:なべつぐ)先生だ。私はお会いしたことはないが、先生の「なべつぐ」シリーズで勉強した。

先生の本は、人柄がにじみ出ていて、とても好きだった。なべつぐ先生は、数多くの参考書、問題集を出されていたが、そのなかではめずらしいエッセイ集『合格の秘訣おしえます!―なべつぐの必勝受験講座』が大好きだった。受験が終わって大学生なり、社会人になってからも、何度も読み返した。人生で何度も読み返す本というものは、そんなに多くない。なべつぐ先生の本は、その一冊だった。残念ながら、その本は引っ越しのときに見当たらなくなってしまったが、内容はいまでも覚えている。

そのなかに「不合理の合理性」という話があった。

「予備校生のなかには、朝まで徹夜して、そのまま寝ずに予備校にやってきて、一番前に座り、どうしても眠たくなって寝てしまうような人がいる。これはどう考えても合理的ではない。そんなことなら、早く寝てちゃんと授業を受けるほうがいいではないかと思うかもしれない。けれど、こういう受験生が合格していくんです。世の中には、『不合理の合理性』というものがあるんです」

そんな話だったと思う。

スティーブ・ジョブズの有名なスタンフォード大でのスピーチ見たときも、なべつぐ先生のことを思い出した。ジョブズは大学を中退してから、大学にもぐり込んで、カリグラフィを学んだそうだ。そのカリグラフィの知識が、いまのMacの美しいフォントに引き継がれている。ジョブズが大学をドロップアウトしなければ、カリグラフィを学ぶこともなく、パソコンに美しいフォントが搭載されることもなかった。これをジョブズは「点と点をつなぐ」を表現した。

徹夜して勉強して、予備校で寝てしまうことも、大学をドロップアウトして、カリグラフィを学ぶことも、とても合理的とはいえない。しかし、合理的でないことが、大きな成果を生むことがあることも確かなのだ。

仕事をしていると、「こんなことして何になるんだ」と思う瞬間は、数多くある。仕事は合理的でなければならないが、合理的なことばかりではない。無駄はなくならないし、理不尽な思いだってする。とくに働きはじめて数年間は、自分がやっていることの意味がわからないことも多い。逃げ出したくなったり、やる気を失ってしまうこともある。

そんなとき、私はなべつぐ先生の話を思い出した。一見、無駄に見えたり、合理的でないように見えることが、大きな流れのなかでは、意味を持っているのだ。今はわからなくても、つながることで合理的になるのだと。

そして、今なら確かにわかる。「不合理の合理性」は確かにある。

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